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2008年11月30日 (日)

今日は1日童謡、唱歌三昧

11月24日NHKのラジオFM放送で朝9時から夜まで「今日は1日童謡唱歌三昧」を放送していました。私は都合で9時から午後1時半頃まで聴きました。

季節を「春」「夏」「秋」「冬」に分けて司会に男のアナウンサーとフルートの山形由美さん、それにゲストの先生が色々解説をしていました。

私が聴いていた時間内に掛かった分だけでも数は可成りの曲でしたが、ほとんど知っている歌でした。私の子供の頃は娯楽と言えばラジオ放送だけの時代、何時も童謡や唱歌が掛かっていたのでしょう。自分が学校で習った歌だけでなくラジオで聞いたのが耳に残っているのでしょう。懐かしかったです。

ゲストの先生は童謡が作られた逸話やエピソードを詳しく話されていましたが中々興味深い話を沢山されていました。

「汽車・汽車ポッポ ポッポ」と言う歌が有ります。正式な題名は忘れましたが戦前は兵隊さんを乗せて汽車が走る歌だったそうです。最後は「バンザイ、バンザイ」と連呼するのだそうですが、戦後NHKの紅白歌合戦の前身の歌番組でこの歌を出すに際し、当時のGHQからクレームが付き急遽、今の歌詞に変更したそうです。

「村祭り」と言うのが有ります。この歌はのどかな田舎の風情を残す私も大好きな歌ですが、現在の町村合併で全国の県で香川県ともう一つ何処かの県で村が全く消えてしまったそうです。それで今は学校の教科書からも外されてしまったそうです。

等々面白い話が沢山聞くことが出来ました。童謡や唱歌は最近は滅多に聴くことが出来なくなりました。学校コンクールの課題曲も知らない曲ばかりです。昔を懐かしむだけでは有りませんが少々寂しいです。

そう言う意味でも「今日は1日童謡、唱歌三昧」堪能しました。

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2008年11月29日 (土)

懲りない総理麻生太郎

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麻生太郎総理大臣が又々余計な事を言って陳謝しました。

つい先日は「医者は社会常識に欠ける人が多い!!」と言って謝ったばかりです。

今度は「同級生の中にはよぼよぼしていて医者にやたら掛かっている者がいる」「私の方が税金をはらっている。たらたら飲んで、食べて何もしない人の分の金を何で私が払うんだ!!」とも述べたそうです。

この人の神経は一体どうなっているのだろう?つくづく考えてしまいます。頭の中をかち割って見てみたいものです。誰が好きこのんで病気になる人がいますか!!。

麻生さんは毎朝欠かさず歩いているそうですが。朝の散歩だけで健康を保たれるとは思いませんが!!。世の中には病気や体力的に朝の散歩も出来ない人も大勢居ります。そう言う万一病気に罹った人の為に健康保険制度は確立されていると思います。

麻生さんは此の失言を指摘されて例により直ぐ謝りました。この人は信念と言うのがないのだろうか?。何でも後先を考えないで喋って、指摘されたら取りあえず謝ってしまう。本当に情けない人です。

「美しい国」の安倍さんも、お坊ちゃんの福田さんも可成り頼りなかったが、これほど酷い失言はなっかたです。

彼の度重なる言動に野党はおろか、身内の与党内、親戚筋の公明党からも苦言が噴出しているようです。長引かせている総選挙の前に自民党の総裁選が有るのでは!!なんて声も囁かれています。

本当に懲りない総理麻生太郎、大好きだと言う漫画の世界を地で行っている様です。次は何が飛びだすのかと国民は変な注目をしていることでしょう。

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2008年11月28日 (金)

将棋女流界にも新しい波台頭

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女流の将棋棋戦「倉敷藤花戦」に新しいタイトルホルダーが誕生しました。

里見香奈女流二段が清水市代を2対0で破り初のタイトルホルダーとなりました。

此の棋戦「倉敷藤花戦」は故大山さん縁の棋戦でもあります。

里見香奈新チャンピオンはまだ高校2年生の超若手です。清水市代さんは長い事女流界でトップの座を守っていましが、先日の女流王位戦で弟子の石橋幸穂さんにリベンジ戦で破れ、若手の台頭の前に苦戦を強いられています。

それにしても将棋の女流界は最近若手の台頭が顕著です。清水さん、中井さん斉田さん等のベテランもうかうか出来ません。

群雄割拠、益々面白くなってきたと言って良いでしょう。

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2008年11月27日 (木)

幻想交響曲

482pxhector_berlioz ベルリオーズの曲「幻想交響曲」は大作です。演奏時間は約55分ほどですが堂々としてスケールも大きい曲です。

ベルリオーズはフランスの作曲家で1803年生まれですからベートーヴェンより少し後のロマン派を代表する人です。

彼の父親は開業医でベルリオーズに跡を継がせようとしましたが彼は解剖学の途中で尻込みし、音楽の勉強を始め、パリの音楽院に入学しオペラと作曲を学ぶ事になります。

彼は幼少の頃から感受性が強く、23歳の時、イギリスから来たシェークスピア劇団の女優スミスソンに片思いの恋に破れ「幻想交響曲」の着想に膨らみ、やがて彼女へのもんもんとした恋心がやがて曲の完成をみる事になります。

彼女とは後に結婚する事になりますが、2年もすると冷え込みやがて別居する事になります。実はベルリオーズさん、女性としてのスミスソンさんに恋をしたのではなく、ロミオとジェリオットの役者の中のジェリオットに恋をしていたのでは・・・何て説も有ります。

それは兎も角「幻想交響曲」は原題が【ある芸術家の生涯の出来事】と言いますが5つの楽章になっていてそれぞれタイトルが付けられています。

第1楽章 夢、情熱

第2楽章 舞踏会

第3楽章 野の風景

第4楽章 断頭台への行進

第5楽章 サハトの夜の夢

ベルリオーズの書いた曲に対するイメージは下記のようなものです。各楽章にも同じような説明がなされています。

病的な感受性と激しい想像力に富田若い音楽家が、恋に悩みによる絶望の発作からアヘンによる服毒自殺を図る。麻酔薬の量は、死に至らしめるには足りず、彼は重苦しい眠りの中で一連の奇怪な幻想を見、その中で感覚、感情、記憶が、彼の病んだ脳の中に観念となって、そして音楽的な映像となって現れる。愛する人、その人が、一つの旋律となって、そしてあたかも固定観念のように現れ、そこかしこに見出され、聞こえてくる。

此の様な説明は各楽章にも細かく書かれています。

指揮者のバースタインは 『この交響曲は、音楽史上最初のサィケデリックな試みだ 』っと述べています。この事はベルリオーズがこの曲を書くとき実際にアヘンを吸った状態で作曲されたと言う歴史があるようです。

何はともあれ心にズッシリ響く聴き応えのある大作に間違えのない交響曲です。

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2008年11月26日 (水)

札響名曲シリーズ「南ヨーロッパの熱情」

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札響の名曲シリーズ「南ヨーロッパの熱情」を聴いてきました。

期日は11月23日場所はkitara大ホールです。家内と共に出かけました。

今回のプログラムは

序曲「ラーマの謝肉祭」 ベルリオーズ

小組曲 ドビユッシー

アランフェス協奏曲 ロドリーゴ

歌劇「ナブッコ」序曲 ヴェルディ

「カルメン」組曲より ビゼー

以上ですが、指揮は佐藤俊太郎、ギターは福田進一。福田さんは現在日本で一番忙しいギターリストです。世界を股に掛けて活躍しているそうです。アランフェスだけで今回が100回目の演奏だそうです。演奏に余裕が有り素晴らしかったです。今年一番感動した演奏でした。

今回のプログラムはフランス、イタリア、スペイン等南ヨーロッパに因んだ曲ばかり集めたプログラムでとても楽しかったです。「ナブッコ」は元気が良く「カルメン」はお馴染みの曲で自然に体が動きました。

札響の演奏も今回は特に出来が良かったように思いました。理由は私たちが聴いた座席に原因が有ったのかも知れません。kitaraは何処で聴いても素晴らし音が出るホールと評判ですが、そのホールの中でも一番良く音を捉える事の出来る席は舞台に向かって右側の2階席つまり「RA」席です。その「RA」の席だったのです。ラッキーの一言でした。

大満足のコンサートでした。

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2008年11月25日 (火)

大相撲九州場所も白鳳

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2008112400m061 今年最後の大相撲九州場所が終わりました。

力士の大麻問題、八百長裁判、横綱朝青龍の3場所連続の休場等人気ががた落ちの中で兎も角無事終わった感です。

結果は一人横綱の白鳳が3場所連続で優勝を飾りましたが、関脇 安馬の健闘が光りました。今場所の成績次第では大関昇進の望みのある場所でもありました。前半そのプレッシャーからか2敗を喫して大関取りに黄信号が灯ったかに見えましたがそれから、全部勝ち13勝2敗で白鳳と優勝決定戦に持ち込みました。

決定戦には負けて準優勝に終わりましたが、天晴れの成績。文句なし大関昇進間違い無しです。小さい体で絶対引かない、かわさない、堂々たる正攻法。立派です。これからが楽しみな力士です。このまま横綱も夢では有りません。

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人気の高見盛も頑張りました。10勝5敗見事な成績です。天晴れ天晴れです。お馴染みのパホーマンスも一層熱が入りました。観客のほとんどを味方につけるほどです。相手の力士はさぞ、取りづらいでしょう。今の相撲協会の不人気を一人で半分は補っています。此からも益々頑張ってもらいたいものです。

それにしても現在の大関陣不甲斐ないです。安馬が仲間入りして活を入れてくれるでしょう。新年の来場所を期待しましょう。

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2008年11月24日 (月)

札幌円山動物園

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札幌の円山動物園と言えば道内最大級の動物園です。人気は旭川の旭山動物園に負けていますが、園内の広さ、動物の種類、数は決してひけをとりません。

ほ乳類、鳥類、爬虫類など200種、1,000点を有します。

道内で唯一飼育しているゴリラ、7種類の熊を展示している世界の熊館、高さ15mのジャングルジムがある生態展示を目的としたチンパンジー館等見所一杯です。

しかし、昭和25年の開館当所はオオワシ・エゾシカ、熊のつがいの3種4点でスタートしました。その後市民から沢山の提供を受け徐々に大きくなりました。

場所は円山公園内で北海道神宮の近くに有り、靜かで散策コースでも有ります。私も動物園には暫く行っていません。来年雪が溶けた頃是非行って見ようと思っています。

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2008年11月23日 (日)

キュリー夫人

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今年はノーベル賞の話題で盛り上がりました。4人の日本人が同時に受賞しました。物理学賞に小林誠さん益川敏英さんアメリカ在住の南部陽一郎さん、そして化学賞に下村脩さん。下村さんのクラゲの研究で蛍光体の発見は何となく理解出来そうですが物理の「対称性の破れによるクオーツ世代の予言」チンプンカンプンです。

ノーベル賞と言えば有名な人はキュリー夫人です。キュリーさんはウラン鉱石からラジウムを抽出する事に成功した研究により2度のノーベル賞を受けたのですが夫人だけが注目されていますが、実は彼女の研究は夫のピエールとマリー夫人の共同の研究でして1度目の受賞は物理賞で二人一緒にもらっています。

マリーキュリー夫人はピエールが事故で亡くなった後、化学賞で2度目のノーベル賞を受賞しています。

更に娘さんのイレーヌは親の血を引いてやはり化学者になり、フレデリックと結婚した後キュリーの名前を残してジョリオ・キュリーとして放射線の研究を受け継ぎやはりノーベル賞を受賞しています。

従ってキュリーさん一家はご夫妻、そして娘さんと合わせて3つの賞を受賞した事になります。

キュリー夫人は長年の放射線の研究の為に晩年は白血病に冒され68歳で亡くなっています。

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2008年11月22日 (土)

口の軽さよ・・・・

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このところ麻生首相の口の軽さがやたら目に(耳に?)付きす。この人はお喋り好きらしく、兎角あちこちで好き勝手な事を話す様ですが、身体も軽そうですが、言葉に重みが有りません。

つい先日も『医者は社会常識が欠落した人が多い』と言って医師会から猛反発を食いました。

麻生さんはご自分で病院を経営しているそうですから、確かな話なんでしょうが・・・。私は個人的にお医者さんに知り合いはいませんから分かりませんが、病気に掛かれば必ずお世話になるお医者さんが社会常識が欠落している人が多いのでは不安でしょうが有りません。

此の首相はご自分が言った事に余り拘泥も責任も感じないタイプの人のようで、当然医師会から抗議が来るわ!!、身内からも批判が起こるわ!!。

すると自分の言動をあっさり撤回、謝罪してしまいます。ハイハイゴメンナサイ!!。

昔(・・・と言ってもそれほど昔では有りませんが・・・)小泉と言う首相が居りましてこの人も失言、放言の多い人でしたが、この人は、例え自分の言動が失言で有ろうが間違いで有ろうが頑として撤回しない人でした。終いには何や、かやとこじつけて居直ってしまいます。これはこれで困った現象でしたが・・・・。

さて、麻生首相は逆に簡単に撤回し謝ってしまいます。仮にも一国の総理大臣です。何かを話す前によく考えて整理してからお話した方が良いのでは・・・と思います。

先の定額交付金の話も右往左往しています。道路特定財源の一般財源化に伴って地方に配分する一兆円の話も混乱を来しているようです。

外国に行っては良い振りをして大盤振る舞いをする癖も有ります。【一体誰に断って金をばらまくのかと思ちゃいます!!】

格好付けたがり屋のイイフリコキの人だと思いますが、せめて一日でも長く総理の座にしがみ着きたくて選挙の出来ない総理にも見えます。国民に取って不幸な事です。即刻止めて選挙をした方がお互いの幸せになると思いますよ。麻生さん。

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2008年11月21日 (金)

名曲探偵「アマデウス」-亡き王女のためのパヴァーヌ

NHKBSの名曲探偵「アマデウス」で【亡き王女ためのパヴァーヌ】を取り上げていました。

454pxrachmaninov この曲はフランスの作曲家モーリス・ラヴェルの作った曲ですが、専門家の間では余り評価は高くないようです。ラヴェルはあの有名な「ボレロ」や元々ピアノ曲のラフマニノフの「展覧会の絵」を管弦楽に編曲したりして『オークストレーションの天才』とか 『管弦楽の魔術師』の呼び声の高い作曲家です。

【亡き王女のためのパヴァーヌ】は彼ラヴェルの24歳頃の作品ですが、専門家は彼の作品にしては単純で発展性がない・・・そうで評価は今一です。

私はとても美しくて大好きな曲ですがね~

パヴァーヌとは16世紀頃の宮廷の舞曲で2拍子のゆったりしたペアで優雅に踊るダンスの事ですが、さて「亡き王女」って誰の事?「アマデウス」ではあれこれ想像逞しく実在の王女を上げていましたが、どれも確定されないようです。

又、別の見方でラヴェルの想像上の王女様では・・・これも今となっては確認のしようがありません。結局ミステリーはミステリーのままのようです。

専門家で評価の高くない曲ですが意外にラヴェルさん曲の中で色々工夫や隠れたテクニックが駆使されていて、それほど単純でないようです。

ラヴェルさん晩年交通事故で記憶に障害が起きた事があるそうで、その時この曲を聴いて【この曲はとても美しくで素晴らしい!!一体誰が作った曲だ!!】と言ったそうです。本当に美しすぎます。聴いていて涙が出ます。

蛇足ですが、何年か前の話ですがkitaraでオルガンの演奏会の折り、演奏者はイギリスの女性の方でしたが、たまたま、その前日ダイアナさんが自動車事故で亡くなりました。演奏者はプログラムの予定のなかった此の「亡き王女のためのパヴァーヌ」を急遽演奏しました。

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2008年11月20日 (木)

ホスピタリティ

札幌商工会議所発行の「札幌シティガイド」の資料の冒頭の【発刊にあたって】の文中に「ホスピタリティ」と言う言葉が出てきます。

「ホスピタリティ」直訳すると【好意と誠意】 「おもてなしの心」 「人に幸せを与えるもの」 「他人を尊重し大切にする心」

中々良い言葉です。どちらかと言うと私たちが最近忘れがちの他人に対する思いやりの心や尊重する心が此の言葉に込められています。

最近やたらよく聞く言葉で【モチベーション】と言うのが有ります。政治家から芸能人、スポーツ選手 【モチベーション】のオンパレードでウンザリします。この意味は「やる気」「根性」かと思いますが猫も杓子もテレビを付ける度に聞こえてきます。確かに人間何かを始めたり、挑戦する場合、先ず心構えとして意気込みとして「ガンバロウ!!」と言う気構えは大切です。

しかし「他人をけ落としてでも自分だけ成功したい」「頂点に立ちたい」そんな社会風潮はたとえそれが現状だと言っても寂しいです。

そんな時代だからこそ【ホスピタリティ】と言う言葉が新鮮に聞こえます。

       

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2008年11月19日 (水)

映画「ブロードウェイブロードウェイ」

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映画「ブロードウェイブロードウェイ」を観てきました。

この映画は嘗て映画化されたブロードウェイのミュージカル【コーラスライン】の再演のオーデッションの模様を実際の映像にしたドキュメント映画です。

オーデッションに集まって来た人数は3,000人その中から最終的に僅か19名に絞られる過酷な審査です。

ミュージカルですから、当然、踊れて、歌えて、芝居も出来る事が要求されます。全米から集まって来た人は何れもプロ、アマを問わず、実力、経験共に豊富で自信ある人ばかり、熾烈な闘いが始まります。その8ヶ月に亘る息詰まる審査の光景が映し出されます。

中に一際小柄な女性沖縄出身の日本人が果敢に挑戦、見事最後まで残り、喜んでいました。

映画「コーラスライン」は本場ブロードウェイで主役の後ろで踊る、その他大勢のメンバーを選ぶオーデッションの模様を描いた映画でした。本物の踊りと音楽を堪能した映画でした。映画はロングランのミュージカルの舞台を映画化したものでしたが、出演はマイケル・ダグラス(カーク・ダグラスの息子)他そうそうたるキャストが揃い監督はリチャード・アッテンボロー。

今回の「ブロードウェイブロードウェイ」最高級の映画だと思いましたが、私が行った日は土曜日なのに何故か観客は寂しい入りでした。札幌シネマの中でも小さい方だと思いますが150名ほどの席に私も含めて僅かの7名。しかも私を除く他の6人全員が女性。この種のミュージカル系の映画は我々男性族には人気は高くないのでしょうか?。観れば面白いと思いますがね~。

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2008年11月18日 (火)

札幌の米作りのルーツ

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北海道は今や全国的にみても有数な米の生産地です。「きらら397」「ほしのゆめ」最近では「ふっくりっこ」等の品種も豊富で、味もねばりも、本州の米にひけをとりません。

私たちの子供の頃は北海道の米はお世辞にも旨いとは言えませんでした。正直不味かったです。パサパサ・ボロボロ。従って我々貧乏人は道産米、少しお金に余裕の有る家庭は内地(本州)の米と相場は決まっていたようです。

それが今は全く逆で本州でも北海道米が人気NOワンだそうです。此処まで来るには農家の人たちの改良や努力が有ったと思いますが、札幌で米作りに最初に成功した人は誰だか分かりますか?

「早山清太郎」と言う人です。清太郎さんは福島県白川の農家の生まれで農家の失敗などで当時の蝦夷地にやってきました。最初は松前城の工事人夫をしていましたが4年後1855年(安政2年)小樽(張碓)に漁業の仕事をしようと来ましたが根が農家の出、石狩場所の安部屋伝次郎の手代の下請け作業で5人の木こりと共に星置に入ってきました。

清太郎さんはその仕事の傍らこの地方の気候などから農作物の成長に付いても調べ石狩の役所へ自分の考えを伝えました。清太郎のその熱心な態度が認められ1857年(安政4年)7月ケネウシベツ川(今の十二軒川)のふちに小屋を建て田畑作りに励みました。

そして1858年(安政5年)石狩平野で始めての米作りに成功したのです。その頃の札幌は酷い寒さだったと思います。同じ農作業をする人たちも大変な驚きだったそうです。また喜びでも有りました。後に島松の中山久蔵が本格的な米作りに成功するきっかけにもなったのです。

清太郎さんの子孫んの早山家は篠路に現存し、清太郎さんの墓は篠路の龍雲寺の境内に祀られています。

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2008年11月17日 (月)

札幌の温泉

Jozankeionsen200412 札幌で温泉と言えばやはり定山渓が一番有名です。札幌市内から約1時間もあれば行けます。定山渓の歴史は古く、そこに住んでいた修行僧「美泉定山 」と言う人が発見、当時の開拓判官の岩村通俊に進言し開発に大きく貢献し名前の定山渓の謂われとなりました。定山渓は良質の温泉がふんだんに沸き出しています。旅館、ホテル等15軒ほどに年間250万もの人が訪れて賑わいをみせています。

しかし、最近は札幌市内でも所謂「温泉」と称するものが続々建って、低料金で利用出来、従来から有った銭湯を恐怖に陥れています。中には廃業を余儀なくされています。又少し高級なマンションなどでは自宅で温泉に入れる所もあるそうです。

これは、元々札幌の地下は那須火山帯が走っていて、少し深く掘れば高温で良質の温泉が沸き出します。少しと言っても千メートル位は掘り下げなければなりません。昔は技術的にそれほど深く掘削するのは大変でしたが、今はそれほどでもないそうです。

これは現在ほとんど全部閉山になった炭砿で使われていた、ボーリングの技術が大きくものを言っているそうです。ものの喩えで【虎は死んで皮を残す】【人は死んで名を残す】と言いますが、炭砿は【閉山して温泉を残す】大きく貢献をしたと言って良いでしょう。

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2008年11月16日 (日)

開拓史時代の外国人

札幌に開拓史が設置されたのは明治2年(1869年)の7月の事です。初代長官に鍋島 正直、判官に島 義勇 又同じ年の8月に名称を蝦夷から北海道に改称されています。

当時の札幌は僅か数百人の和人とアイヌの人だけの暮らす鬱蒼とした森の中でした。島判官の大胆な構想の下で都市作りに取りかかりました。島判官は2代目長官東久世通俊と意見が合わず東京に帰されて一時構想は中断されますが、その後、彼の構想は生かされ、現在の大通り公園等、私たちに立派に活用されています。

さて開拓史時代積極的に外国人を招き、雇い入れ、ノウハウを取り入れています。

アメリカ・中国・ロシア・イギリス・ドイツ・オランダ・フランスの計7ヶ国から78人もの人が貴重な役割を果たしてくれています。

その中の何名かを紹介すると

開拓顧問-ホーレンス・ケプロン

測量・土木-ワーフィルド

農業-エドウィン・ダン

札幌農学校第2代目教頭-ウィリアム・ホイラー

スキーを指導したハンス・コラー

スケートウイリアム・ブルックス

等ですが最も有名な人は何と言ってもウイリアム・スミス・クラークだと思いますが彼は札幌農学校(現北大)の初代教頭として迎えられています。

彼は今の植物園の設立を進言し、それを基に作られました。札幌で植物園と呼ばれるのは北海道大学の植物園ただ一つです。

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彼クラーク博士が札幌を去る時に残した言葉【ボーイズ・ビーアンビシャス】(少年よ大志を抱け)は余りにも有名ですが、実は博士の札幌在住は僅か8ヶ月間だけでした。

尤も日本人ですが大通り公園に像のある石川啄木は札幌に居たのはたったの2週余りだけでしたが・・・。

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2008年11月15日 (土)

オメデトウ石橋女流王位初防衛

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将棋の女流王位戦で石橋幸緒さんが嬉しい初防衛に成功しました。

石橋女流王位は子供の頃から身体が弱く養護学校に入って清水市代女流二冠のお父さんの将棋教室に通い清水市代さんの弟子になりました。

今から9年ほど前に一度清水から王位を奪取、その時も師弟対局と話題になりましたが、その時は翌年、逆に清水に取り替えされてしまいました。

しかし、今回は3勝3敗の接戦を制し見事防衛を果たしました。嬉しさもひとしおと思います。

言い古された言葉ですが、タイトルは奪取して半人前、防衛して一人前と言います。石橋女流王位は名実共に一人前の棋士の仲間入りを果たしました。

将棋の女流界は将棋連盟からの独立を巡って混乱しました。その末に二つの団体に分裂それぞれの活動をしています。此の師弟もそれぞれ別れた団体に所属しています。そんな意味でもお互いに力が入ったかも知れません。

先ずは石橋幸緒女流王位心から祝福し此からの一層の活動を期待し応援します。

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2008年11月14日 (金)

チャイコフスキー三昧

Tchaikovsky 先週11月7日(金曜日)朝から夜に掛けてチャイコフスキーを聴く機会ありました。

先ず朝10時からのBSテレビの第1628回N響の定期演奏会で「交響曲第2番」(小ロシア)演奏NHK交響楽団 指揮アンドリュー・リットン

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夜はNHKFMラジオ放送で「NHK音楽祭2008」 NHKホールから生放送

サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団 指揮 ユーリー・テルミルカノフ ヴァイオリン 庄司 沙矢香で

1.歌劇「エフゲーニ・オネーギン」からポロネーズ

2.「ヴァイオリン協奏曲二長調」

3.「交響曲第5番ホ短調」

チャイコフスキーはロシアの作曲家ですが、1840年生まれですからロマン派時代の作曲家ですが、同じ時代のロシア5人組とは一線を画し、本格的な交響曲、協奏曲、バレー曲など沢山の作品を残しています。ロシアと言う風土は北海道と同じく、冬は厳寒期の季節を訪れます。作品の中にその厳しさを堪え忍び、春を迎えたときの明るい喜びが表現され共感を呼ぶ作曲者です。

そのチャイコフスキーを続けて聴き大満足の1日でした。

ヴァイオリンの庄司沙矢香さん10年ほど前、史上最小年でパガニーニ・コンクールで優勝し一躍注目されましたが、その後順調に成長をしています。10年経ってもまだ20歳の中頃の年齢、此から益々楽しみな演奏者です。

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2008年11月13日 (木)

舞台劇「越路吹雪物語」

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Koshijifubuki_051213 NHKBShiで舞台劇「越路吹雪物語」を放送していました。今年の8月日生劇場で公演したものでのーカットで録画したものです。

越路吹雪さんは宝塚歌劇の出身で宝塚在籍中から東京の大きな舞台に出演し、退団後は舞台や映画、ミュージック等でで大活躍一躍大スターの道を歩き続けた人です。

1980年に胃癌でお亡くなりになっていますので、没後28年過ぎた事になります。

その越路吹雪をピーター事池端愼之輔の主演で舞台化し全国で好評している舞台劇です。NHKのテレビは日生劇場での公演の模様です。

越路吹雪役にはピーターですが、この人は上方舞で人間国宝でもあった吉村雄輝の長男で、一時吉村雄秀の名で名取りを取り踊りの道でも「活躍していましたが、父の死後、歌や舞台の世界で活躍の場を移して活躍しています。

ピーターは役者として中々の才能の持ち主で以前小松座の舞台にも出ていましたが達者な役者振りでしたが今回の舞台では主役、一層張り切って演じていました。

今回の「越路吹雪物語」での越路吹雪役のピーターは驚くほどコーちゃんにそっくりです。越路さんは顔の長い人でした。ピーターは、どちらかと言うと普通の顔立ちだと思いますが、役では長い顔に見えるから不思議です。

勿論歌は本物のコーちゃんに及びもありませんが、それでも雰囲気は充分出していました。間違いなくピーターの代表作になったと言って良いでしょう。

他の出演者はコーちゃんのマネージャで後に作詞家になった岩谷時子役に高畑順子、コーちゃんと関係のあった真木小太郎に草刈正雄。

見応えのある舞台劇でした。

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2008年11月12日 (水)

ヴォカリーズ

「ヴァオカリーズ」とはクラシック音楽の用語の一つで「無言歌」と言う意味です。

歌詞のない歌、歌唱的な器楽曲。母音だけで歌われる歌曲の事です。割合軽めの音楽、今風に言えば鼻歌で口ずさめる音楽と言っても良いでしょう。

様々な作曲者が手がけていますが、中でも一番有名なのが「ラフマニノフ」のヴォカリーズ」です。

454pxrachmaninov ラフマニノフは「ロシア5人組」の一人で作曲の他にピアニストで指揮もしました。沢山の交響曲、ピアノ協奏曲を始め歌曲を作っていますが私が最も好きな曲は「パガニーニの主題に狂詩曲」です。

「ヴォカリーズ」は様々に編曲され、ピアノの独奏曲やマンドリン曲、合唱曲等形を変えて演奏されています。

最近は癒しの音楽として、もてはやされているので一度は聞いているかも知れません。

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2008年11月11日 (火)

プロ野球西武が日本一

Pbbtp00811100011 プロ野球日本シリーズは西武が最後逆転勝ちで日本一の栄冠を得ました。

西武、巨人共それぞれ持ち味を存分に発揮し両者3勝3敗で最終7戦目を戦いました。

巨人が2点リードで有利に試合を進めて、このまま逃げ切りかと思われたが、徐々に追いつき8回一気に逆転成功。遂に4年振りの日本一を勝ち取りました。

西武は此処数年振るわず、昨年はBクラスに転落、しかも渡辺監督就任1年目で日本一は立派です。巨人も今一歩のところまで、いったが及ばずに終わりました。

野球はこの後アジア大会や世界大会等が有りますが、日本のプロ野球は来春まで暫しの冬眠です。我々ファンとして寂しい季節到来ですが、4月雪解けの開幕を楽しみにしたいと思います。

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2008年11月 9日 (日)

札幌市の花・木・鳥

札幌市シティガイド」のテキストの巻頭を飾る第1ページ目特に別格で札幌市の「花」「木」「鳥」が掲載されています。都市や町村では何処でも我が町の花や木、鳥などを指定していますが一般の住民は案外その名前を知らない人が多いと思います。かく言う私も知りませんでした。

567pxe382b9e382bae383a9e383b32_3 札幌市の花-スズラン

札幌近郊の原野や火山灰大地に見られるユリ科の多年草で5月の始めに咲き始め6月には白い鈴のような小さな花をが開き始めます。良い香りを放ちます。

800pxlilac_flower26leaves2c_sc2c__2 札幌市の木-ライラック

モクセイ科の落葉かんぼ木で花の色は大別して白か紫があります。北海道大学植物園には1889年(明治22年)北星学園の前身であるスミス女学校の創始者であるサラ・クララ・スミス女史が故郷アメリカから持ち込んだ日本最古の株が現存しているそうです。

800pxcuculus_canorus_2 札幌市の鳥-カッコウ

ホトトギス科の渡り鳥で鳴き声から此の名が付いたと言われています。鳴き声は世界的に有名で、札幌市民にとって春を告げる鳥であります。モズなど426pxreed_warbler_cuckoo_2 他の鳥の巣に卵を産む特殊な生態を持っています。

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検定試験「札幌シティガイド」

私の職場は10月中旬から4月一杯の冬期間だけです。私の場合その他は遊んで暮らしていますが、3人居る仲間の一人は夏期間ハイヤーの運転手をしています。

そんな関係も有って「札幌シティガイド」の検定試験を受けたそうです。彼は9月に行われた第10回目の試験を受験、見事に合格しました。彼はその余勢をかって10月の「ほっかいどう学検定試験」も受けてほぼ合格の感触を得たそうです。

その彼が「札幌シティガイド」のテキストを持ってきて、次回の検定試験に私も是非受けるよう勧めてくれました。第10回に出題した問題集も添えられていました。

私は今のところ試験を受けるかどうかは分かりませんが、折角ですのでその「テキスト」に一応目を通してみました。札幌の歴史は他の都市に比べて比較的新しいと言っても札幌の全てなので非常に多岐に亘ります。範囲が広いです。

項目を並べて見ますと

第1章 歴史-① 明治以前の札幌 ② 開拓史時代の札幌 ③ 明治後期から

            大正時代 ④ 戦前の札幌 ⑤ 戦後から平成へ

第2章 自然-① 気象 ② 地形・地質 ③ 札幌の水 ④ 埴生 ⑤ 動物

          ⑥ 温泉

第3章 政治・経済 ① 市政 ② 経済・産業 ③ 人工

第4章 生活文化- ① 四季折々のまつり ② 冬の暮らし ③ スポーツ

             ④ 食 ⑤ 芸術文化

第5章 観光関連施設-①美術館  博物館  文学館 ②文化財 

               ③ 名所・旧跡 ④ イベント施設 ⑤ショッピングゾーン

               ⑤ 交通網の概要

第6章 周辺地域の特徴-① 小樽方面 ② 千歳方面 ③ 石狩方面 

                 ④ 江別方面 

以上ですが、範囲がもの凄く広いです。此を全部覚えるのは大変な気がします。しかし、自分が住んでいる札幌の事が色々覚えられそうです。もしかしたらブログのネタになるかも知れません。そう言う意味でもテキストに目を通して見ようと思っています。 

 

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2008年11月 8日 (土)

劇映画「赤ひげ」

41q0bj3f05l__ss500_ Akahige5 Akahige9 Akahige15 Akahige17

監督黒沢明の全作品が順次NHKBSで放送されています。

先週は「赤ひげ」を放送されていました。私は此の映画を映画館やテレビで何度も見ていますが、見る度に感動を覚えます。

原作は山本周五郎の「赤ひげ診療譚」ですが、小説は江戸時代中期の下町に住む最下層の住民の為に医師 新出去定が小石川養生所を幕府に建てさせ診療にあたっています。そこへ長崎で修行した若い医師保本登が入ってきます。

原作の「赤ひげ診療譚」は8つの短編を織り込んだ作品ですが、映画はその原作を少しも損なう事無く見事な出来映えです。原作者の周五郎さんもこの映画を見て原作以上に作られていると言ったそうです。

主役の赤ひげに三船敏郎、若い医師保本に若かりし頃の加山雄三、他に黒沢作品に常連の役者さんが勢揃いです。

常に弱い者の為に尽くす赤ひげ先生とその赤ひげに段々惹かれる保本医師。患者と養生所の先生達の交流。心温まる作品です。

因みに黒沢明の全作品は

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2008年11月 7日 (金)

アメリカ初の黒人大統領

Thumbyomiuri2008110600084world 4年に1渡のアメリカの大統領選挙が終わりました。お祭りが終わりました。

2期8年間の共和党ブッシュ時代に別れをつげオバマ民主党の幕開けです。

アメリカの歴史はまだ新しいです。イタリア人探検家コロンブスがスペイン女王イサベラ1世の依頼を受け最初にアメリカ大陸を発見したと言われています。

その後世界各地から移住が始まり、1776年に独立を宣言しています。当時アフリカから大勢の黒人を連れてきて奴隷として使ってきました。

奴隷制度はアメリカ大統領リンカーンによって廃止されましたが大勢の黒人は長年に亘って人種差別の扱いを受けてきました。

その黒人の血を引くオバマさんが初めての大統領になりました。独立宣言から232年、画期的な出来事です。

アメリカが変わったのか?変わろうとしているのか?。素晴らしい事に違いはないです。年齢も47歳とケネディ・クリントンに次ぐ3番目に若い大統領でもあります。

オバマさんは演説が上手なだけでなく真面目そうな人です。信頼のおけそうな感じの人のようです。

此からのオバマさんの政治力を注目して見て行きましょう。

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2008年11月 6日 (木)

「のぼうの城」和田 竜

51ab4m2hrjl__ss500_ 和田 竜の「のぼうの城」を友人の高橋さんから借り受けて読みました。面白かったです。

此の小説和田 竜さんが始めて書いた小説だそうです。和田さんと言う人は1969年生まれと言うからまだ40歳前の若い人です。何とも凄い若者が出てきたと言う感じです。

物語は秀吉の小田原城攻めの折り、それに先駆けて北条に味方する所謂 支城にも聡攻撃を掛けます。今の埼玉県行田市に成田氏長を城主とする「忍城」もターゲットにされます。

城主 氏長等、主だった家臣は小田原城に籠城、忍城には城代として城主の叔父に当たる成田泰季(やすすえ)とその息子の長親(ながちか)と血の気の多い家臣丹波・和泉・酒巻とその部下、氏長の妻女の珠、娘の甲斐姫。

城主 氏長は籠城する前に密かに降伏する事を秀吉に内通、忍城に残る者にも抵抗するなと言いつけています。

忍城に攻撃を仕掛けるのは石田三成、大谷吉継、中束正家等が指揮する2万を超す大群。

守るのは農民を入れても僅か千人足らず。勝敗は戦う前から歴然。しかし交渉に赴いた正家に病気に伏せっている城代泰季に代わって出た息子長親は敢然と戦うことを宣言します。

長親はずば抜けて背が高いだけで、領民百姓からも名指しで「でくの坊」を縮めて「のぼう」「のぼう様」と呼ばれる能なしと見られています。しかし、普段は平気で百姓の中に入って野良仕事を手伝う優しい気持ちの持ち主。

三成率いる大群と守る忍城の壮烈な攻防。手を汗を握ります。最初の攻撃をはね返えされた三成は、予て暖めていた水攻めを敢行します。その情景も凄いです。

しかし、その水攻めも堤を築くのに雇った百姓達によって破られ失敗に終わります。三成は最後の総攻撃を掛ける決意を固めますが、その直前、小田原に籠城している北条氏政が降伏して忍城の闘いも終わります。

この小説の主人公は父親の泰季の死亡で城代になった長親、普段「のぼう」と馬鹿にされているが、城主の娘甲斐姫から惚れられているらしいです。しかし、城代になって降伏の交渉に来た正家にもハッキリ撥ね付けます。闘いになり三成の物量に勝る攻撃をはね返し、最後は城を明け渡す事になりますが、魅力溢れる人物です。口下手で、気持ちは優しく一見頼りないが決断する時は躊躇なく決断。「指導者は斯く有るべき!!」の魅力ある人です。

現在の国のトップ総理大臣もこの本を読んで参考にして欲しい・・・そんな重いです。今の麻生さんはお喋りは好きらしいが中身に乏しく、決断力が足りません。安倍さんも福田さんも頼りなさでは共通していましたが、最後の決断力が欠如、政権を途中で投げ出しました。成田長親さんと大違いです。

和田 竜さんまだまだ若く此からの作品が楽しみな作家です。注目の人です。

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2008年11月 5日 (水)

札幌にも初雪

昨日11月4日札幌にも雪がちらつきました。積もるほどでは有りませでしたが遂に今年も冬がやってきたようです。11月4日の初雪は平年より8日遅く昨年より2日遅いそうです。

地球温暖化が言われていますが気温は確かに昔と比べて高くなっているようですがシーズンを通しての積雪量は特段少なくなっていないようです。年間を通してみれば結局毎年同じ位の量の雪が降るようです。

因みに昨年の月別の降雪量と過去10年の月別の降雪量を調べて見ると

初雪日累計降雪量(cm)月別降雪量(cm)
10月11月12月1月2月3月4月

2008年~2009年

11月04日

0

平年値

10月27日

630

2

35

137

182

154

106

16

過去の雪の記録

初雪日累計降雪量(cm) 月別の降雪量(cm)
10月11月12月1月2月3月4月

1998~1999年

11月03日

715

0

77

167

195

136

114

26

1999~2000年

10月17日

687

0

46

133

187

212

100

9

2000~2001年

10月18日

576

0

95

118

145

106

107

5

2001~2002年

11月04日

451

0

37

175

98

80

61

0

2002~2003年

10月30日

546

0

40

126

165

130

85

0

2003~2004年

11月08日

509

0

5

95

198

142

61

8

2004~2005年

10月26日

714

11

19

142

238

171

123

10

2005~2006年

11月09日

574

0

4

147

189

104

104

26

2006~2007年

11月12日

543

0

25

136

134

153

91

4

2007~2008年

11月02日

423

0

10

63

184

145

21

0

此を見ると1月はダントツに雪の量は多いです。又、昨年の降雪量は他の年に比べて極端に少なかったです。果たして今年はどうなるのだろう。

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2008年11月 4日 (火)

フランク永井さん死去

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歌手のフランク永井さんがお亡くなりになったそうです。

フランクさんはジャズから歌謡界に転身「有楽町で逢いましょう」「君恋し」など次々にヒットさせ、低音の魅力と人気を博しました。

私もフランクさんの舞台は実際に見ています。相模原でキャタピラー三菱に勤めていた時、組合のメーデーの行事で市民会館で「フランク永井歌謡ショウ」をやりましたが、その時彼の歌をたっぷり聴きました。

フランクさんは話も好きな人で、お上手でした。歌の合間に様々な話題を披露、会場を和らげ楽しい歌唱ショウでした。

今から23年前の1985年突然の自殺未遂事件をおこしましたが、その後再び舞台に立つことが有りませんでした。76歳だったそうです。ご冥福をお祈りいたします。

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2008年11月 3日 (月)

102歳で世界一周講演旅行

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10月30日付け北海道新聞の朝刊「ひと2008」欄で102歳で4年続けて講演旅行で世界一周を成し遂げた人の記事を掲載されていました。

曻地(しょうち)三郎さん教育学者だそうです。生まれは釧路で現在九州の福岡にお住まいです。元福岡教育大学教授もされた人で、二人の息子さんが脳性麻痺だったのを契機に1954年先駆的な障害児童教育施設「しいのみ学園」を設立、中国にも障害児童学級を開いたそうです。

現在102歳国内はおろか世界を又股にかけ、講演に駆け回っているそうです。現在は年々寿命がドンドン延びています。100歳を越す人も珍しくない時代に入りました。

しかし、100歳を越して講演で世界を駆け回っている人はおそらく此の先生お一人だと思います。

先生のモットーは【一口に30回噛みなさい】 【長生きすれば良い事が有る】

NHKの「100歳万歳」の番組にも出たようです。本当に100歳バンバンザイです。

アヤカリタイデス。

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2008年11月 2日 (日)

「ちゃれんじ?」東野圭吾

51cfzp6pvdl__ss500_ 東野圭吾の単行本「ちゃれんじ?」を読みました。

この本は相当前に「実業乃日本社」発行の雑誌に連載掲載されていたエッセイを後で1冊に纏めて単行本になって発行された本です。

今や超売れっ子の東野圭吾さんの初期の時代の私生活の頃の趣味に関する事を中心にエッセイにしています。

その頃の東野さんは奥さんと離婚されて一人住まいをしていたようです。偶然スノーボードの編集長と知り合いになる事で自分もスノーボードを始め、すっかり、のめり込み冬は各地のゲレンデを夏は都心の屋内でも滑れる「ザウス」と言う施設で特訓を続け、全くのド素人が瞬く間に上達する模様が面白可笑しく書かれています。

私は釧路の近く生まれ育ちましたが、スキー。スケートの所謂ウインタースポーツは全く駄目です。

釧路方面は冬は寒さは厳しいものの雪は少なくスキーをする人は少なかった様です。昔はスケートリンクもなく、閉山間近の少し前やっと小学校の校庭にリンクを作り、水を撒き凍らせて氷を張って屋外リンクが出来ましたがそれも私が大人になってからの話です。

従ってウインタースポーツ音痴もやむを得ない環境だったのかも知れません。

処で東野さん、運動神経が抜群のようで40歳後半から始めたスノーボードは最初はインストラクターに習ったとは言え凄い進歩のようでスキー場のてっぺんからスイスイ滑り下りて来る様は快感だろうと思います。

此のエッセイ集には洒落た短編も二つ載っています。とても面白かったです。

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2008年11月 1日 (土)

「神々の乱心」松本清張

Yamadajoyimg600x4501197356776p10100 松本清張の最後の長編小説となった「神々の乱心」上下2冊を読み終わりました。

物語は大正末期から昭和の始めにかけて表れた新興宗教の創立と、その宗教が宮中の女官にまで浸透。女官の代理で使いに出ていた若い部屋子が思想犯任務の特高刑事に捕まり警察に連行される。

部屋子は宮中の関係者と分かり、帰されますが、その部屋子は突如実家へ帰り自殺を遂げてしまいます。その後相次いで殺人事件が起きて複雑な展開をみせてゆきます。

戦時中軍は満州を傀儡する為、民間に阿片を売り込む阿片特売員を使います。これらの阿片特売員5人の運命も小説の重要なポイントを占めます。

この小説での新興宗教「月辰会研究会」は勿論架空の団体ですが、この頃大きな話題になった「大本教」が下敷きになっています。その「大本教」も作品の中に出てきます。

実はこの小説「神々の乱心」は平成2年3月から週刊文集に連載されていましたが作家の松本清張さんは平成4年8月4日亡くなったので小説は第105回で(5月21日号)で打ち切りになり終わっています。

従ってこの作品は最後まで完結せず未完のままです。作品を読んで見て、終盤に差し掛かっている事は分かりますが、最後がどうなるかは清張先生と編集者の間の会話で想像されますが、あくまでも未完ですので、あくまで読む読者の想像に委ねられる事になります。

小説の中心は殺人事件を追う刑事の動きが主になるのですが、戦時中の満州の軍部の動き、新興宗教の話、宮中の女官の話、旧華族の話と多岐に亘り、読んでいて頭が混乱します。途中、中々辛抱しながら読み終わりましたが、清張先生最後の作品と分かり、思わぬ感動も覚えました。

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